悪夢その1

※更新しよう、更新しよう、と思いながら1年以上が経過・・・。
  ちょこちょこ日時指定で更新してましたが、ちゃんと更新したくて・・・
  延ばし延ばしにしてましたが、やっと重い腰が上がりました!
  なのに、こんな記事なのが悲しい限りです。。。




2011年3月11日。金曜日。14時46分。
何年も前から、「起こる、起こる」と言われていた大地震がとうとう起こってしまいました。





そのとき、東京で15階建てのビルの2階で仕事をしていたわたくし。
ゆらゆらとビル自体が揺れだし、どんどん揺れは大きくなっていきます。
ミシミシとあちこちから軋む音が聞こえ、キャビネットが開いたり、
ブラインドはバサバサと揺れ、机の上のカップからコーヒーが
こぼれるんじゃないかと思うほど。
よくTVなどで「船に乗ってるようだった」という表現を耳にしますが、ほんとにそんな感じ。
「早くおさまって~・・・」
と願うも、なかなかおさまらない。
やっとおさまり、同じ街から出張に来ていたお客さんが、早速ネットで震源地等を検索。

「・・・とうとう起こったよ。震度7だって」

一瞬、思考回路が止まりました。
実家は、祖父母は、親や兄弟、親戚は無事だろうか?
友人たちは無事だろうか?

電話は繋がらないだろうと思い、あちこちへメールを送信。
早速父から返信があったものの、実家とは連絡がとれないらしい。
大地震がきたら間違いなく倒壊しそうな実家。
「取り壊すのお金かかるし、次の地震で倒壊すると助かるね」
なんて普段から笑い話にしていたけれど、それは中に人がいないことが大前提。
昼間は祖父母が家にいるはず・・・
ちゃんと逃げられただろうか・・・?
と気が気ではなくなります。

その後、伯母からもメールがきたけど、祖父母についてはやはり不明。
兄から、
「隣のじいさんから連絡あって、じじばばも無事らしいぞ」
と連絡が・・・。
やっと一安心です。

実家は、父が市職員で災害時は市役所に詰めっぱなしになるし、
弟も消防士だからもちろん出動。
家に残るのが80を超えた祖父母と、還暦を迎えた伯母だけになるので、
心配で心配で・・・。
この寒い時期に、超寒がりの祖母は、耐えられているだろうか。
強い余震が続く中、まさか実家の中にいたりはしないだろうか。
祖父が無茶をして車で出歩いてたりしないだろうか。
心配は尽きることがなく・・・


実家や家族のみならず、友人・知人も心配で・・・
海沿いに住んでいる人はいなかったと思うけど、職場がある人は数名います。
津波は大丈夫だったろうか・・・。この揺れで津波が来ないはずはないし・・・。


地震の日、都内は交通網がマヒし、わたしは12~3キロの道のりを、
徒歩で2時間半ほどかけて帰りました。
家につくやいなや、TVをつけると、信じられない光景が・・・
各地で起こった、津波の映像でした。

「なにこれ・・・ウソでしょ?・・・なんで?」

その後はもう絶句です。こんなにも大きな津波がきてたなんて・・・
去年の夏、ここに行ったのに・・・この辺通ったのに・・・
もう、あの景色を見ることはできないのか・・・
そんなことより、知り合いが巻き込まれてなければいい・・・
被害者が少しでも少なければいい・・・

ずっと訓練してきたはずだし、みんな避難してるよね・・・
と願うも、やはり逃げ遅れた人はいたようで、また、想定以上の波のため、
避難しても巻き込まれてしまったり・・・

言葉にできない思いが、胸の中でうずをまいていました。
それは今も変わりません。
被害が明らかになるにつれ、その思いは増すばかりです。


被災地で、苦しみや悲しみに耐え、復興しなければと友人・知人が
がんばっているというのに、わたしは東京で、何もできずに、
普段とさほど変わらない生活を送れている・・・。
電気も、ガスも、水道もちゃんと使えて、不便なことなんて、
電車のダイヤが乱れて混んでいることくらい。
わたしだけこんなに楽をしてて、申し訳ない・・・
そうは思っても、何もできない・・・
状況を知りたくても、連絡はとれないし、あまり連絡しても、
かえって迷惑になるだろうと思うし、帰りたくても、帰る手段はないし、
物資不足のところに帰っても迷惑だし・・・

正直、ひとりでいるのが心細くもあり、地震のショックや不安を話せる相手もいない。
かろうじて、毎日先輩が電波状況が最悪&停電で充電もままならない中、
電話をくれたことが救いでした。
地元の状況を少しでも知れた(例えそれが悲惨な状況でも)、誰かと話せた、
それだけでちょっとホッとします。



そんな状況で、一週間がたちました。
長い長い一週間です。
一週間たっても、
「夢だったらいいのに・・・現実じゃなければいいのに・・・」
と思わずにはいられません。


わたしの知り合いでは、職場が流されてしまったひと、
危機一髪で津波から逃れられたひと、残念ながらのまれてしまったひともいました。
そういった話を聞くだびに、なんとも言えない虚無感にさいなまれました。

でも・・・。

いつまでも、そうもしていられません。
なくなってしまった街を、立て直していくのはわたしたちです。
生きることができたわたしたちが、がんばらなくてはいけないんだと、
やっと思えるようになりました。
東京にいて何もできない・・・と思っていたけど、
今、被災して仕事どころじゃない人たちの分も、働けばいいんです。
今の自分にできることをできる範囲でがんばろう、そう思います。
復興には、長い長い年月がかかります。
くじけそうになることもあるかもしれないけど・・・
わたしを育ててくれた街を、なんとかしたい!
その思いを忘れずに、地道にがんばっていきたいと思います。
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by aster_13 | 2011-03-18 23:00 | 日々の出来事